美容業界では「新規顧客は基本的に何がしかの不満を抱えている」という話。

「どうしても若いうちはいきなり100点を狙いにいっちゃいますから。そこに力みが出ちゃう。ほんとはまず手堅く80点狙いにいかなきゃいけないのにね」
知人の美容師さんが言った。
 
「美容室の新規のお客さんて、基本的に何か前の店に不満があってお店を変えてるわけですから。髪を切る技術か、接客か、あるいは値段かはわかりませんけどね、トータルで満足していたら美容室変えませんからね」
 
あーそうですよね、美容室に通っていない女性はいないから、新規のお客さんも必ず前に通っていたお店があるわけか。引っ越しとかでなければ、前の店になにがしかの不満があってお店変えるわけですね。考えたこともなかったな。ぼくが言った。
 
「だからね、やっぱりトラブルもありますねこの仕事。正直、価格帯によってもトラブルの起こり方は違います」
価格帯?
「残念だけど、親しみやすい値段のお店ほどクレーマー的なお客さんも来ちゃいますね。お高めのところだとあんまり変なお客さんは来ない」
 
なるほど…。
価格が安いと何言ってもいいと思っちゃうんですかね…。
役所とかのイベントでも、参加費無料のイベントやるとクレーマー的な人が集まっちゃうけど、10円でも100円でもいいから参加費取るようにするとそういうクレーマー的な人は減るみたいですよ。身銭を切ると、モメると損みたいになるのかな。
 
「まあ全部がクレーマーってわけではないんですけどね。
でも正直、接客トラブルとそれからドタキャンはね、美容室とかそれから飲食店とかは頭痛めてますよね」
 
違う業界の話を聞くのは面白い。
ぼくが携わる医療分野だと、新規のクライアントは多くの場合「はじめて病院にかかる」か「久しぶりに病院にかかる」人が多く、「前の病院に不満があるから病院変わる」という人は少数派だと思う。
それにしても、「新規顧客は基本的に何がしかの不満を抱えている」というのは特殊な気がする。
ほかにそういう業界をご存知のかた、ご教示くださいませ。
付記)友人から、不動産業界も「新規顧客は基本的になにがしかの不満を抱えている」業界だと指摘をいただきました。なるほど。

 

 

 
 

コロナワクチン陰謀論の見破り方(tweet詰め合わせ)

コロナワクチン接種が急速に進むなか、ワクチン陰謀論に基づく反ワクチンのネット言説は根強い。

たまたまぼくの生業が医業なのでワクチン陰謀論にからめとられることはなかったが、生きている限りいつほかの分野の陰謀論にからめとられてしまうかわからない。どの分野にも通ずる、陰謀論の見破り方はないものか。

亡くなられたネットウオッチャーのHagex氏*の著書『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』(アスキー新書 2014年)にはインチキ情報やデマ、創作話ー「釣り」ーの見破りかたが載っている。
<この文章がすべて本当だったらどうなのかというチェック方法ーすべての文章は「真実」だと思って読んでいこう>(上掲書 p.69-71)。

「もしその話がすべて本当だったらどうなるか」を想像し陰謀論や「釣り情報」をチェックするというのはとても有効なので、ワクチン陰謀論を例にやってみる。もしワクチン陰謀論がすべて本当だったら世の中どうなるだろうか。

・たとえば、あるネット賢人曰く、

「仮にワクチンが政府による人口削減計画によるものだとしよう。
さて、ワクチン打つことで仮に人が死ぬとする。
政府に従順に従ってワクチン打つ人たちを殺し、政府に反抗してワクチン打たない人たちを生き残らせて政府に何の得がある?
普通に考えて、逆じゃないかね」。

画像1

・あるいは、ワクチン陰謀論の人はなぜ自分だけ事前に人類間引き計画などの極秘情報が手に入ると思うのだろう。
マスク不足のときマスク入手できましたか?
iPadとかリングフィットとかプレイステーションとかニンテンドースイッチとか優先的に回ってきました?
極秘情報だけ優先的に回ってくるってありうるでしょうか

・ほんとうに、なぜ自分だけ事前に人類の間引き計画の情報入ってくると思うのだろう。
近所のスーパーの値引き計画ですら事前に情報入ってこないというのに。

・「ワクチンは人口削減を目的としたビルゲイツの陰謀」という人をTwitterで見かけるけど、人口削減させてビルゲイツになんの得があるというのだろう。人口減少したらマイクロソフトの売り上げ減ります。

・民間テレビ局ですら違法アップロードの動画をバンバン削除させているのに、巨大権力を持つという闇の世界政府が極秘情報をYouTubeにダダもれにさせてるっていうのは無理があると思うんですけどね。

【結論】イルミナティよりコミナティ。

・これ意外と知られてないんですけど、本に書いてあること動画で言ってることテレビでやってることがぜんぶ本当なら、今ごろノストラダムスの大予言は当たってるしミステル矢追はUFOで飛び回ってるし川口浩は国民栄誉賞だよ。ぼくは詳しいんだ。

注.「『ミステル』矢追」は『と学会』参照のこと。

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらとっくの昔にハンコとFAXから卒業してますよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらとっくの昔に首都高の渋滞解消してますよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらとっくの昔に1000兆円硬貨発行して国の借金チャラにしてますよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらとっくの昔にエクセルで変な表つくるのやめてますよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらゴーン被告に逃げられてないですよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらこんな酷暑のなかオリンピック誘致しませんよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらアベノマスクだってもっとサイズぴったりですよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらこんな暑いんだからとっくの昔に札幌あたりに遷都してますよ泣(注。札幌も東京並みに暑いとのこと)

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらぼくの住基カードだってムダになってませんよ泣

・ワクチンが政府の陰謀って言う人がTwitterにはいるみたいですが、そんな効率的に陰謀を進められる政府だったらとっくの昔に「街コン」成功させて少子化解決してますよ泣

なぜだろう、書けば書くほど涙が止まらない…


*直接面識はありませんが、Hagexさんの物の見方や語り口、文章が大好きでした。Hagexさん、I miss you、ここにあなたがいないことがさみしいです。
ご冥福を祈るばかりです。

 

 

なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか(3)~『ファスト&スロー』を下敷きに考えると。

「なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか」ということについて考えている。
ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』によれば、人間の判断は全く異なる2つのシステムによって下されるという。
すなわち、
・システム1 速い思考
・システム2 遅い思考
である。
システム1、速い思考は自動的に高速で働く。システム1の稼働に努力はあまり要らない。
システム2、遅い思考は難しい計算問題など困難な知的活動の時に働く。カーネマンによると、システム2は「怠け者」である。
ぼく自身、現時点で『ファスト&スロー』を十分に咀嚼し消化しきれていないことを告白する。解釈違い勘違いなどで間違ったことを書いたら順次修正していきたい。
で、カーネマンが正しいとすると、ぼくらは通常多くの判断をシステム1に負っている。
夜道を歩いていて前から人が近づいてきたときに、危険かもしれないと思って距離を取るのはシステム1の働きだ。
「あの人はどんな人か十分観察しよう。力の強さやヤバそうな奴か、どれくらいの確率で襲ってくる可能性があるかじっくり熟慮して、距離を取るために消費する身体的エネルギーの損失というコストに見合うかゆっくり検討しよう。行動はそれからだ」みたいにシステム2に判断を任せたりしない。
普段の生活ではシステム1は生存可能性を高めることに貢献してくれる。
ただし時々、あるいは頻繁にシステム1は誤作動を起こす。
そのための修正にシステム2を活用しなければならないのだが、システム2の活用には努力を要する。メンドくさいのだ。
これまたカーネマンが正しければ、システム1、直観的な思考・判断には多くの特徴がある。
たとえば数の判断が苦手(正確には「平均」は得意だが「合計」は苦手だという。前掲書p.168-169)だ。
また、感情や想起しやすさ(利用可能性 availability)など、様々な要素に影響されバイアスがかかる。
利用可能性とは思いだしやすさみたいなもので、未知のものに出会ったときに既知のものと置き換えて迅速な判断を下す。
つまみ食いであるのは承知しているが、こうしたシステム1の性質を知っていると、「コロナやワクチンの陰謀論にハマる人」の傾向が理解しやすくなる。こうした陰謀論にハマる人たちがシステム1の判断だけで発言しているとすると合点がいくのだ。
たとえば「コロナワクチンが効くというが、薬品Aも効くというデータがある。コロナに感染しても薬品Aがあるからワクチン不要」みたいな言説(仮の話が一人歩きするといやなので、わざと薬品Aと表記した)。
予防は治療に勝るという大原則はひとまず置いておく。薬品Aが効くというのが真かも置いておく。
ここで問題としたいのは、仮に仮に仮に(重要なので3回書いた)薬品Aが効くとして、「どれくらい効くか」という「数」の概念がすっぽり抜けていることだ。
コロナ感染者100人に投与して1人に効いても「効く」、100人全員に効いても「効く」である(RCTの話もひとまず置いておく)。
「薬品Aが効くというデータがある!」という主張には、この「どれくらい効くか」という「数」の視点はまったくない。
ワクチンの予防効果は95%くらいとされている。打っていない人が100人感染する環境で、打っている人たちを同数集めてきたら5人しか感染しないという数字だ。驚異的な効果である。
薬品Aが効くといっても、それほどの効果はない。
(ほんとは予防薬と治療薬を並列に論じるのはよくないよなあ、と思いつつ書いている)
「ワクチンも効くかもしれないが薬品Aも効く」というのは、「数」の概念が苦手な、システム1的言説なのではないだろうか。
またカーネマンは、よくわからないことを判断するときに身近なことに置き換えて判断するというシステム1の思考は、比較するために思い出せる事例があるかどうか、利用可能性availabilityに影響されると書いている。
面白いことに、利用可能性の影響を受けやすい条件というものがあり、<努力を要する別のタスクを同時に行っている。><タスクで評価する対象について生半可な知識を持っている。ただし本物の専門家は逆の結果になる。><強大な権力を持っている(またはそう信じ込まされている)。>だという(p.241-242)。
ここらへんに、冒頭の疑問「なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか」を解くカギがありそうだ。
(続く)

残りの5kmが一番キツい

三浦半島を24時間以内に歩いて一周するという行事に参加したことがある。コースは全長100kmに設定されている。
茅ヶ崎をスタートして、テクテクと歩き続けて東京湾側に抜ける。夕暮れ時には東京湾の向こうに房総半島を眺めつつ歩を進めてゆく。
横須賀について横須賀ではどこもビルが大きいなあなどと思いながら、夜中に三浦海岸駅を通りすぎ、三崎口あたりのアップダウンに苦しみながら風車が風を切る音を聞く。
眠気とダルさと闘いながら夜明けには葉山だ。
逗子を抜け由比ヶ浜を通り稲村ヶ崎を過ぎれば江ノ島が見えてくる。オレの家も近いという気分になってくる。
ゴールまであともうすぐ、このペースだと楽勝で間に合うなと思って江ノ島を過ぎたあたりから、地獄が始まる。歩いても歩いても、ゴールにつかないのだ。
次のカドを曲がればゴールなはず、そう思ってカドに着くと、まだまだゴールは先だ。
同じ光景、同じ曲がりカドが、何度も何度も出てくる。
100kmを歩く旅は、残りの5kmが一番キツい。

コロナ禍の中、毎日まいにち新規感染者の記録が更新されてゆく。いつまでこんな生活が続くのか。ゴールの見えない日々。

100kmを歩き切るには自分自身の足で、一歩いっぽ歩いていくしかない。
毎時5kmのスピードでコンスタントに淡々と、1時間に5分程度の休憩を入れながら歩くと、24時間以内に100kmを歩き通すことが出来る。
歩幅を約70cmとして約14万歩歩くとゴールに着く。
ほかの誰も歩いてくれないし、残り5kmでしびれを切らしてギブアップすれば、全ては台無しだ。

同じ光景同じ曲がりカドばかり続くように見えても、一歩進めば一歩ぶんゴールに近づく。

遅々として進まないように焦るワクチン接種も、今4000万人近くの人が2回接種を終えた。また今日も35万人くらいが2回目の接種を終える。ゴールは近づく。

残りの5kmが一番キツい。
だが確実に、今日もゴールに近づくはずなので、ともにがんばりましょう!

 

 

残りの5kmが一番キツい

三浦半島を24時間以内に歩いて一周するという行事に参加したことがある。コースは全長100kmに設定されている。
茅ヶ崎をスタートして、テクテクと歩き続けて東京湾側に抜ける。夕暮れ時には東京湾の向こうに房総半島を眺めつつ歩を進めてゆく。
横須賀について横須賀ではどこもビルが大きいなあなどと思いながら、夜中に三浦海岸駅を通りすぎ、三崎口あたりのアップダウンに苦しみながら風車が風を切る音を聞く。
眠気とダルさと闘いながら夜明けには葉山だ。
逗子を抜け由比ヶ浜を通り稲村ヶ崎を過ぎれば江ノ島が見えてくる。オレの家も近いという気分になってくる。
ゴールまであともうすぐ、このペースだと楽勝で間に合うなと思って江ノ島を過ぎたあたりから、地獄が始まる。歩いても歩いても、ゴールにつかないのだ。
次のカドを曲がればゴールなはず、そう思ってカドに着くと、まだまだゴールは先だ。
同じ光景、同じ曲がりカドが、何度も何度も出てくる。
100kmを歩く旅は、残りの5kmが一番キツい。

コロナ禍の中、毎日まいにち新規感染者の記録が更新されてゆく。いつまでこんな生活が続くのか。ゴールの見えない日々。

100kmを歩き切るには自分自身の足で、一歩いっぽ歩いていくしかない。
毎時5kmのスピードでコンスタントに淡々と、1時間に5分程度の休憩を入れながら歩くと、24時間以内に100kmを歩き通すことが出来る。
歩幅を約70cmとして約14万歩歩くとゴールに着く。
ほかの誰も歩いてくれないし、残り5kmでしびれを切らしてギブアップすれば、全ては台無しだ。

同じ光景同じ曲がりカドばかり続くように見えても、一歩進めば一歩ぶんゴールに近づく。

遅々として進まないように焦るワクチン接種も、今4000万人近くの人が2回接種を終えた。また今日も35万人くらいが2回目の接種を終える。ゴールは近づく。

残りの5kmが一番キツい。
だが確実に、今日もゴールに近づくはずなので、ともにがんばりましょう!

 

 

なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか~複雑な世界を理解するときの落とし穴(2)

複雑なこの世界は、今日もまた複雑化を加速させる。
 
〈南カリフォルニア大学の研究者によると、一九八六年の人は一日平均、新聞約四〇部に相当する情報にさらされていた。それが二〇〇六年には、四倍以上の一七四部相当になった。まいにち誰かが玄関ドアのまえに新聞を一七四部置いていくことを想像してみてほしい。〉(ベン・パー『アテンション』飛鳥新社 2016年 p.9)
現在2021年にはさらに何倍もの情報量に、ぼくらはさらされている。
 
そうした情報の大洪水のなかでぼくらに届く情報には3つのSの加工が施されている。
すなわち「サプライズ 驚き」、「シグニフィカンス 重要性」、そして「シンプリシティ 単純さ」である(上掲書第4章『破壊トリガー』)。
複雑な世界の中で、驚きと重要性と単純さをまとった情報やモノやコト、さらには人には、莫大なニーズがある。これらは先日論じた「人間ドラマ」、「陰謀論」、「ドグマ」、「イデオロギー」にも見事に当てはまる。
 
そんなことはない、自分は単純なことは嫌いだ、複雑なことを手間暇かけて理解したいし、単純なものになんか魅力を感じない、という人もいるだろうし、ぼくもその一人でありたいと思うが、悲しいかなそんなことを書くぼくの手にはしっかりとiPhoneが握られている。
あれだけたくさんのボタンのついたガラケーやBlackBerryを捨て、人はほとんどボタンのない、モノリスめいたこの単純なインターフェイスを選んだ。
単純なものは、売れるのだ。
 
「あんな単純なウソに、なんで騙されるんだろう」。
コロナやワクチンがらみのウソやデマに絡みとられた人を見て、まわりの人は呆れる。
だが、複雑な世界の複雑な病気や複雑な治療を前にして、「驚き」「重要性」「単純さ」の加工を施されたウソやデマや陰謀論に人は心惹かれる。
そして同じワナに、分野が違えばぼくやあなたや彼や彼女も、引っかかる可能性が高いのである。
 
この複雑な世界で何かを理解しようとすると、途端に怪しげな情報が押し寄せる。
3つのS、すなわちシグニフィカンス/重要性、サプライズ/驚き、シンプリシティー/単純さの加工を施されたそれらの情報の中には陰謀論やおかしなドグマやイデオロギーも豊富に含まれていて、ぼくらはそうしたものに取り込まれないようにしないといけない。
 
複雑な世界を理解しようとしたときに陰謀論やおかしなドグマ、イデオロギーに頼ることやフェイクニュースにハマることがあると指摘したのはユヴァル・ノア・ハラリだ。ハラリ自身は対策としてこう書く。
〈第一に、信頼できる情報が欲しければ、たっぷりお金をかけることだ。〉
身も蓋もないが、彼はこうも書く。
〈ある怪しげな億万長者が、次のような取引をあなたに持ちかけたとしよう。「毎月三〇ドル払いますから、その代わり、毎日一時間、あなたを洗脳して、私の望みどおりの政治的偏見や商品に関する偏見をあなたの頭にインストールさせてください」。あなたは、その取引に同意するだろうか?正気の人なら、まず同意しないだろう。だから、その怪しげな億万長者は、少しばかり違う取引を提案する。「毎日一時間、洗脳させてください。このサービスは無料で提供します」。すると今度は、突然この取引は何億もの人に魅力的に聞こえるらしい。そんな人々に倣ってはいけない。〉(『21Lessons』p.315-316)
 
ネットには無数の無料の情報が溢れている。
現在それらは社会的インフラとして誰もが利用しているが、それらの中にはハラリのいう広義の“洗脳”目的のものもある。身銭を切ることは大事だ。
〈たっぷりお金を払う〉ことで手に入る情報が全て有用とは限らないが、有用な情報の多くはなんらかの対価を要求する。
ネットの情報を見るときは、時々“書き手がこの情報を提供することで、誰が得をするのだろう”と立ち止まって考えることも必要である。

なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか~複雑な世界を理解するときの落とし穴(1)

人間社会は複雑さを増すばかりだが、個としての人間はその複雑さをそのまま情報処理できるほど賢くない。そんな話をユヴァル・ノア・ハラリが書いている(『21Lessons』河出書房新書 2019年 16章「正義」)。
個体としての人間が情報処理できる関係性はせいぜい部族単位くらいまでで、それ以上の人数の関係性となるとお手上げだとハラリはいう。
人間が安定的な社会関係を保てる人数の上限をダンパー数(Dunbar’s number)と呼び、提唱者ロビン・ダンパーはその数を150人と見積もった。
Facebookでは「友達」として登録できる人数を5000人としている。やはり個人としての人間が関係性を把握できる人数に上限があるはずだという考えに基づいているのだろう。
 
この話の進行方向としては二つある。
一つめは、関係性の把握できる、安定した社会的関係性を保てる人数には有限だからこそ「正しい相手」を選んで付き合わなければならない、というゴールだ。この方向の話ならば「スモールワールド理論」やそれにインスパイアされたであろう映画『私に近い6人の他人(Six degrees of Separation)』(ウィル・スミス主演)を引用しつつ進むことになる。
もう一つは、理解できない複雑な社会の中で、我々個としての人間はどのように関係性を情報処理してるか、という話である。
今回は後者の方向性で話を進めたい。
 
さて、情報処理できないボリュームの関係性の中で人々はいかに関係性を情報処理しているか。
ハラリが正しければ、その方法は4つ。
 
①関係性のダウンサイジング 国同士の争いや内戦を、例えば敵の親玉と味方の親玉2人の対立として捉える。国際関係でいえば、例えば米中両国の対立と協働を、大統領個人と主席個人の対立と協働としてダウンサイズして理解する。
②複雑な関係性の中の、人間ドラマに注目 例えば格差や貧困、そしてその克服という構造的問題を、その中に生きる人の人間ドラマとして理解する。
③陰謀論 複雑な関係性をそのまま理解することが困難なので、モノゴトは誰かの陰謀として動いていると解釈する。グローバル経済はユダヤの陰謀だと言い出したり、ワクチンは大富豪の陰謀だと言い出したりする。
④政治的なドグマや宗教的な信条に身を委ねる 現実が複雑過ぎるゆえ、誰かが提供する強固な教義に従い世界を捉える。
 
最も大事なのは生き抜くこと、生きのびることなので(盲目的な生存への意志というのは生物の本質だと思うので、ここには疑いを挟まないこととする)、どのような方法をとって複雑な現代社会を理解しようと構わないが、ここにもまた落とし穴がある。

複雑な現代社会を生きる個としての人間が、世界を理解する上で上記の4つの方法を取りがちだということを悪用する者がいるのだ。

コロナ禍の中で特に目にすることがあるのが陰謀論だ。
なぜあんなに社会的地位がある人が、という人が得々と陰謀論を語ることがある(退職した部長さんとか)。
あるいは立派な大学に通っている大学生が過激な政治思想やカルト宗教のドグマに絡みとられることがある。
いずれも周囲は「なぜあんなに賢い人が」と不思議に思うが、ある意味で賢いからこそ陰謀論やドグマにはまるとも言える。
 
複雑な世界を複雑なまま理解することは、人間には許されていない。
それでもなお「わからない世界をわかりたい」という人間が、わからない世界をわかる(わかったような気になる)経路として、陰謀論という経路や強烈なドグマを通した世界理解という経路がある。
「わからない世界をわからないままにしたくない」というのが学びのモチベーションであるが、「わからない世界をわからないままにしたくない」という賢い人だからこそ、陰謀論やドグマにはまりこんでしまうのだ。
「わからない世界はわからないままでいいや」という人は、陰謀論やドグマとは無縁のまま、現世を楽しむのだ。
 
人間はまた、どっちつかずで白黒つかない『宙ぶらりん』の状況には耐えがたい。陰謀論やドグマに頼ってでも、「わからない」状態を「わかった」状態にしたいのだ。『宙ぶらりん』に耐えるには相当な知的スタミナが要る。
わからないことをわからないまま、それでもなおわかろうとするのが専門家である。
人間の脳みそのキャパでは、複雑な世界を複雑なまま理解することはできない、という話をしている。
大事な話だから繰り返すが、ハラリが正しければ人間は下記の方法でこの複雑な世界を理解しようとしがちだ。
 
①関係性のダウンサイジング
②関係性の中の人間ドラマに注目
③陰謀論
④ドグマやイデオロギーにのっとった理解
 
これらは無意識に行われるので、意図をもってそこにつけ込む人も出てくる。
 
たとえば湾岸戦争のときには油にまみれた海鳥を用意したり、15歳の少女をどこからか連れてきて人権委員会で涙ながらに証言させて世論形成を図った者がいた。ここらへんは上記②の心理につけ込んだ動きだといえよう。
あるいは「悪の枢軸」というレッテル貼りは③、「自由主義社会を守るための戦争」みたいなものは④につけ込んだプロパガンダともいえる。
何ものかのアピールによって自分の感情が過度に動かされたり、あるいは自分の世界理解が影響を受けそうになったら、一歩立ち止まって、どの手法が使われているか考えるとよい。
相手の使う手法をわかったうえでその話に乗るもよし、乗らぬもよし、そこはas you likeだが、無意識に他者の手法に振り回されるのもシャクだろう。
ぼく自身はあまりそうした手法を使うのを好まないが、あるいは上記①〜④の手法を使って他者に影響を与えることも出来る。
 
複雑に絡まった利害関係やしがらみを解きほぐして逐一説明し説得するより「あの組織のトップに一泡吹かせよう!」と仲間を鼓舞するほうが楽(手法①と②)だったりするし、格差と貧困みたいな話も構造的な話を延々とするより「こんなかわいそうな話があるんです!これをなんとかしなきゃ!」(手法②)とやったほうが人の心が動く。
陰謀論やドグマ、イデオロギーを振り回す人には近づきたくないが、斎藤幸平氏流にいえばSDGsだって④の手法といえる(「脱成長コミュニズム」もまた④だが)。
 
最低限いえるのは知らず知らずに誰かのカモにされるのは避けたいよねということで、そのためにはカモる側の手口を知っておく必要がある。
〈ゲームが始まって30分経って誰がカモか分からなければ、お前がカモだ。〉