ビジネス戦隊タイヘーン・ファイブ(R改)

オープニング曲に乗ってレディー我賀山とファースト田中、登場)

レディー我賀山:どうも〜こんばんは。レディーです。
ファースト田中:ファーストです。二人あわせて、
レ、フ:れでぃ〜☆ファーストで〜す。

 

フ:いやーそれにしてもね、今でこそぼくらこうして『れでぃ~☆ファースト』として漫才やらしてもらってますけど、子どものころっていろいろ夢がありましたね。
レ:そうね。

フ:我賀山さんは子どものころ何になりたかった?

レ:税理士。

フ:渋すぎんだろ!どんだけものしりなんだって話よ。一応聞いとくけどなんで?

レ:いやね、うちは実家がお店やってたんで、確定申告なんかで大変なのを見てたのよ。大人になったら税理士になって助けたいなって内心思ってた。

フ:いい話かっ!一応さ、ぼくら漫才師だからボケてもらわないと。

ぼくはですね、凄腕ビジネスマンとね、あと子どもらしく戦隊モノのヒーローになりたかったですね。

レ:ファーちゃんね、そうくると思って、今日は私考えてきました。

フ:何を?

レ:ビジネスマンにあこがれている子ども向けの戦隊モノ。

名付けてビジネス戦隊タイヘーン・ファイブ。

フ:あんまかっこよくないな。戦隊モノだから何人もいるんですか。どんな感じなん?

 

レ:ちゃ〜ら〜ちゃらっちゃっちゃら〜、ばーば〜ん!

フ:オープニング音楽ね。
レ:助けて〜、ガイアツ怪獣グローバルンが現れたわ〜!
フ:怪獣にさらわれたヒロインですね。

レ:ばーばん!!シャフー・ブラック!

フ:お、なんかかっこええな。

レ:シャフー・ブラックは、ブラックな社風をそのまんまヒーローにした男である!

フ:ブラック企業かい!
レ:ばーばん!!顔色・ブルー!

顔色・ブルーは、働きすぎにより、常に顔色がブルーなヒーローである!
フ:病院行け!

レ:ばーばん!!頭ン中・ホワイト!

頭ン中・ホワイトは、大事な会議のときに資料を忘れて頭の中が真っ白になるヒーローである!
フ:しっかりしろ~っ!

レ:ばーばん!!セクハラ・ピンク!

セクハラ・ピンクは、セクハラによりグループから解雇されたヒーローである!
フ:メンバー!

レ:ばーばん!そして最後に登場するのは…決算・レッド!決算・レッドは、どんなにがんばっても決算がレッドなビジネス戦隊タイヘーン・ファイブのリーダーだ!

フ:こんだけがんばって、決算、赤っ!

レ:早く黒字にして、しっかり納税してください。

フ:税理士かっ!もうええわ。

(FB2015年10月23日を加筆再掲)


tribute to 『戦隊モノ』by スピード・ワゴン 2002年M-1グランプリ
text by 『漫才ブルータス』(Brutus  No.835 マガジンハウス 2016年 p.84-85

 

 

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健康情報は究極の個人情報‐『広島叡智学園・生徒全員に装着型端末』に明確に反対する。

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「フランスに来た頃にやろうとしたことの一つに、日本型の会社の健康診断システムの導入があるんですよね」

フランスで長年活躍しているある人が言った。

「ほら、日本だと、会社が社員の定期健診をやるじゃないですか。ああいうのってフランスにないから、あの仕組みを“輸出”しようとしたんですね」

ほうほう、どうなりました?
「結局ね、うまく行かなかった。フランス人はめちゃくちゃ嫌がるんですよね、自分の健康状態を雇用主に把握されるの。本能的にダメみたい、そういうの」

2018年4月30日配信の中國新聞αによれば、2019年4月に開校する中高一貫の全寮制学校、広島県立叡智学園では、生徒全員にウエアラブル端末を身に着けさせ、心拍数や血圧や歩数のデータを収集し、教職員や保護者がインターネットで情報を見られるようにする、という。
明確に、反対する。

健康情報というのは、究極の個人情報だ。
個人にひも付けできる形で、強制的に、しかもデジタルデータの形でネットに接続して情報を流通させるなんて正気の沙汰とは思えない。

記事によれば、叡智学園のウエアラブル端末は、電子キーとして部屋の出入りに使ったり、売店で電子決済することにも使うという。

ということは、どこの部屋に入ったときに血圧や心拍が上昇するか、すなわち緊張や興奮しているかということがリアルタイムでわかる。同じタイミングで誰がその場所にいるかもわかるわけだ。二人の生徒が1対1で密室に居て、両方とも血圧・心拍が上がっていれば喧嘩しているか恋愛関係で逢瀬を楽しんでいるということになるだろう。
睡眠リズムのデータも取れるから、誰が授業中居眠りしているかも全てわかってしまう。

位置データと照らしあわせれば1日に何度トイレに行くかもわかる。
しかも全寮制となれば、生徒の生活はすべて監視されることになる。
中央監視塔から囚人たちの行動を一方的に監視する刑務所のシステムをパノプティコン(panopticon)というが、まさに電子のパノプティコンだ。

健康情報はおそろしい。

頻繁に居眠りをする生徒の中には、ナルコレプシーという特殊な病気の持ち主もいるかもしれない。
しょっちゅうトイレに行く生徒の中には、過敏性腸症候群が隠れているかもしれない。

遺伝的な背景から、血圧が高い生徒もいるだろう。

学園側は、健康情報を収集して早期に治療できるというかもしれない。しかし、24時間365日×6年間のあいだ強制的に集めたデータが、どう使われるかは誰にもわからない。


同学園の卒業生が進学や就職する際のことを考えてみる。

大学や企業は、せっかく採用するのだから健康な卒業生を採りたがるだろう。持病を持った生徒はちょっと、ということで、電子データに基づき、本人の知らないところで門前払いをすることも技術的には可能だ。
あるいは、同学園の生徒の兄弟が入試を受ける場合に、持病がある生徒の兄弟が敬遠されることだってありうる。

生徒全員のデジタルデータをインターネット上で流通させるというのもクレイジーだ。

デジタルデータというのは、必ず流出し、コピーされる。流出しコピーされた電子情報は、永遠に電子空間に漂い続ける。

流出した個人にひも付された健康情報を収集すれば、誰に生命保険を売り、誰に健康食品をセールスすれば効果的かがわかる。

中高6年間の健康情報に基づけば、生命保険加入の際に料金設定を生命保険会社の損しないように設定することもできる。

授業中に寝てばかりいた生徒は勤勉でなかろうという判断で、入社試験ではねることもできる。

何度でもいうが、健康情報は究極の個人情報なのだ。

 

ケヴィン・ケリー著『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版 2016年)によれば、現在ですら無数のモニタリングが個人の行動を監視している。
日本の例を挙げれば、道路にはNシステムという自動車ナンバー自動読み取り機が設置されているし、携帯電話の通話記録も電話会社に残っている。Tカードやpontaカードではどのカードの持ち主が何を買ったかのデータを取っているし、suicaパスモはそのカードの持ち主がいつどこをどう移動したかをモニタリングしている。googleでどんな言葉を検索したかのデータ、facebookで書き残したことがらも全て(その気になれば)追跡できる。

<こうした記録の流れをすべてまとめることができたら、その機関がどれだけの権力を握れることになるかを想像するとショッキングですらある。それらをつなぎ合わせるのが技術的にどれだけ簡単かが、そのままビッグブラザー出現を恐れる根拠となるのだ。>(上掲書 kindle版 5245/6881あたり)

もう一度書く。
広島県立叡智学園では、生徒全員に装着型端末をつけさせ、血圧や心拍数、睡眠などの健康情報を収集することを計画しているという。装着型端末は電子キーの働きも持ち、部屋の出入りに使ったり、売店で電子決済をする機能も持つ。装着型端末で収集された情報の一部は、ネットを通じて教職員や保護者に届けられる計画とのことだ。

自由意志に基づかない24時間365日6年間の監視およびそのデータのネット上流通と蓄積なんてアイディアは、地獄の扉を開くようなものだ。

明確に、反対する。

叡智学園の担当者の方には再考を願いたい。

学校が開くのは、地獄の扉ではなく、希望の扉であるべきなのだ。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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迷惑かけよう・かけられよう

<コドモの頃、親にさんざん言われてきた言葉がある。それは「人様の迷惑になるんじゃない」というコトバだった。>(細川貂々『7年目の ツレがうつになりまして。幻冬舎 2011年 p.72)
「子どもに迷惑かけたくない」。
そんな言葉を一日に何度聞くだろうか。
高齢のかたを相手に診療をしていると、そんな言葉を聞かない日はない。
そのたびに「いいじゃないですか迷惑かけたって。生きてればお互い様なんだから。○○さんも今までいろんな人のお世話してきたんだから、ちょっとは迷惑かけたって罰あたりませんよ」とぼくは言う。
あいまいな笑いが起こる。
心の底からこんなふうに言えるのは友人Oのおかげだ。
友人Oとは10年ほど前にとあるフォーラムをやった。
在宅医療をテーマにしたそのフォーラムは、たくさんの人の力を借りて相当な準備期間を経て開催してもので、多くの方々にご参加いただいた。
シンポジウムの終盤、在宅医療の先駆けの一人であるK先生や訪問看護師で有名なAさんら錚々たるメンバーが発言し、いよいよ大団円となったときにOがマイクを取って言った。
「それぞれ理想の死というものについて語っていただきました。ぼくは自分の最期、たくさんの人に迷惑をかけまくって死にたいと思います」
このままだとフォーラムがキレイゴトで終わってしまうと感じた、Oなりの危機感の表れだったんだと思う。あれは見事だった。
「人間」という言葉はもともと「人」と「人」の「間」、すなわち「よのなか」とか「社会」を表す言葉だった。
しかし歴史が経つにつれて、「人」そのものをも表すようになった。
だから人間は生きている限り「よのなか」を内包していて、人は人間関係においてのみ初めて人である、と和辻哲郎は言った(『人間の学としての倫理学岩波文庫2007年 p.18-20。初出は1934年頃)。

ちなみに、チクセントミハイによれば<「生きること」のラテン語の表現はinter hominem esse であり、文字通り「人々の間にいる」を意味している。他方「死ぬこと」はinter hominem esse desinereつまり「人々の間にいることをやめる」である>とのこと(M.チクセントミハイ『フロー体験  喜びの現象学世界思想社 1996年 p.206)。洋の東西を問わず、人というのは人間(じんかん)にいるものなのだ。
人と人との関係性はinteractiveなものだから、人間として人が生きている限り、迷惑も恩も情けも情も、かけたりかけられたりするもんなんだろう。

『迷惑かけよう・かけられよう』というゴールに向かって、考えながら書いている。
大井玄著『「痴呆老人」は何を見ているか』(新潮新書 2008年)によれば、1995年に日本尊厳死協会が会員3500人へのアンケート調査を行ったところ、「尊厳死の宣言書(リビングウィル)の要件の一つに老年期痴呆を含めるべき」という意見に回答者2300人中85%が「yes」と答えたという(上掲書 p.11-12)。今から20年以上前のアンケートであること、現在は日本尊厳死協会のリビングウィルの中に痴呆/認知症が含まれていないことを明記しておく。
当時のアンケートの中で、「老年期痴呆」(当時の言い方)になったときに延命を拒否する理由は、圧倒的に「家族や周囲の人に迷惑をかけたくないから」というものだった。
大井玄氏によれば、認知症になることを恐れる理由は、日本人の場合には「迷惑をかけるから」であるが、英米の文献では「自分の独立性や自律性を失うから」であるという(上掲書p.12。①)。
「まわりに迷惑をかけてはいけない」というpeer pressureが強すぎて、認知症になったら尊厳死を選ぶ、みたいになっているのだったら望ましくない。
多少迷惑をかけたとしても、天寿を全うしていただきたいというのが医療者の望みである、と思うのだが。
当時、尊厳死リビングウィル認知症を含むってのはめちゃめちゃ問題があって、認知症というのは相当にgraduationのある状態だしそんなクリアカットにいかないしってわけで現在は尊厳死協会のリビングウィル宣誓書に痴呆症/認知症の文字は抜かれている(②)。
おそらく医療者の多くは賛同してくれると思うのだが、人間が歳をとれば必ず周囲に多少の迷惑をかけるものだ。
「そんなことはない、俺はぴんぴんころりで行くよ」なんていう人も考えてみてほしい、ぴんぴんころりってのは突然死だ。ぴんぴんころりで逝ってしまったあとの後始末は誰かがするもんだし、そうそううまいことはいかない。
赤ん坊が誰かの世話を必要とするのと同様に、歳をとればやっぱり誰かの世話が必要になるってわけで、これはテツガクとか美学とかじゃなくて生物学的な話なのだ。
ではどうするか。
むかしのえらい人が言ってたように、「陰徳あれば陽報あり」。将来歳をとれば必ずだれかの世話になると腹をくくって、元気なうちに陰徳を積んどく、自分が誰かの世話をできるうちにちょっとだけ誰かを手助けしておいて、自分の人生の迷惑/お世話したされたの収支がトントンになるのを目指すというのがよろしいと思う。

冒頭のエッセイはこんなふうに結ばれている。

<(略)コドモを育てるようになって、人は人に迷惑をかけなければ生きられないんだということに気づいた。いいんだ。迷惑をかけよう。かっこ悪くたっていいのだ、と。何かをすれば、必ず迷惑ってかけている。僕のこんな文章をさらすことだって、迷惑だと思う人もきっといる。でもいいんだ。僕はコドモには「人様の迷惑になるんじゃない」とは言わない。……上手な迷惑のかけかたのテクニックを磨け、くらいは言うかも。>(細川貂々『7年目の ツレがうつになりまして。幻冬舎 2011年 p.72)

①申し訳ない、二次ソース
②経緯は要確認
(もしかしたら続く)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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とある少年の物語。

とある国に、とある少年がいた。

少年はとても賢かったが、なぜだかいつも一人ぼっちだった。

少年は歴史に名を残したかった。

一生懸命に勉強し、その国で最も難しい学校に入った。

まわりの者は彼を優秀とほめそやしたが、ひとしきり彼をほめたたえたあと、人々はそれぞれ自分の家に帰っていった。

気が付けばやはり少年は一人ぼっちだった。

彼は満たされなかった。

 

青年となった彼は医師となった。

一生懸命に研究し、立派な博士となった。

たいしたものだとまわりの者は言ったが、夜になると彼を残して宴に興ずるのだった。

青年となった少年はやっぱり一人ぼっちで、やっぱり満たされなかったのだった。

 

青年となった少年はいつしか法を学び、法律家となった。

医者だけでも忙しいのによくもまあここまでとまわりの者はびっくりしたが、彼はそれでも満たされなかった。

昔の判例を調べたりして気が付くと夜更け近くになることもしばしばだったが、ふと書物から目を上げてみると、彼はやっぱり一人ぼっちだった。

 

青年になった少年は壮年となり、右にいったり左にいったりしながら、気が付けばその国のとある地方の知事となった。

あっちに行ってもこっちに行っても彼を応援してくれる人々がいたが、応援してくれる人々に囲まれてもやっぱり彼は一人ぼっちだった。

彼はなぜだか満たされず、とあるサイトを利用した。

 

出会った女は優しかった。

「すごいですね」と言ってくれた。

医者で法律家で知事だなんて、ほんとうにすごいですねと言ってくれた。

彼は少しだけ満たされた気がした。

二人っきりで目を見てほめてもらえるなんて初めてだったし、女は美しかったし、生まれてこのかたずっとぽっかりと空いていた虚ろな穴が、少しだけ埋まる気がした。

女の優しさはこの上ないもので、すでに中年となっていたとある少年は、とても嬉しかったのだ。

女の優しさが時間限定のものだったとしても。

 

二人っきりの秘密がどういうわけか、その国の人々の知るところとなった。

人々の模範となるべき知事の秘め事は、良識ある人々の眉をひそめさせた。

とある日の夕方、今や中年となっていたとある少年は知事を辞めることにした。

とある少年の名はおおいに人々の口にのぼった。

彼は歴史に名を残したのだ。

 

記者会見をやり遂げて部屋に帰ると、虚ろな目をした彼は女に電話をした。

電話番号はもう使われておらず、彼はやっぱり一人ぼっちだった。

 

セクハラ財務省事務次官更迭のウワサに思う。

セクハラ疑惑がすっぱ抜かれた財務省事務次官氏の更迭がウワサされている(①)。

官庁オブ官庁、トップオブトップの財務省事務次官ともあろうかたがなんとまあお粗末な、とも思うがどこか一本ネジが外れていないと事務次官とかにはなれないのかもしれない。

心理学者ロイ・バウマイスターによれば、フロイトの学説は示唆に富むものではあるが大間違いであるという。
フロイトは、「昇華」という考えかたを提唱し、なにごとかを成し遂げる人間というのは、本能的・動物的なエネルギーを社会的活動のためのエネルギーに転換しモノゴトを成し遂げるとした。
しかしながら現実を見ると、大芸術家や大実業家などなど社会的に立派な立場に出世した人は本能的・動物的なエネルギーを「昇華」して出世したわけではなく、むしろ本能的・動物的な欲望をフルスロットルで全開バリバリにしてスキャンダルに満ちていることも多い。


バウマイスターによれば、芸術家などは性的衝動に使うエネルギーを昇華して芸術にエネルギーを注ぐのではなく、性的衝動を抑制するためのエネルギーを節約して、そのぶん芸術に注ぐのだという(ロイ・バウマイスター他『意志力の科学』インターシフト 2013年 p40-41)。

 

この、性的衝動を抑制するためのエネルギーを節約して、その分のエネルギーを他の社会的活動にまわすことでヒトカドの人物になる、という説が更迭された財務省事務次官氏の場合にもあてはまるのかどうかは定かではなく、今後の研究が待たれるところだ。

 ①書いた当初の2018年4月17日時点では一部で「更迭が決まった」とのネットニュースを見たが、事実ではなかったため18日未明に「ウワサ」に修正。

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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「ヴェヴァラサナ」の話。

「ヴェヴァラサナ」という言葉をお聞きになったことはあるだろうか。英語表記だとvevarasana、とつづる。

なんとなく聞いたことがあるというかたは相当のマニアかと思う。

「ヴェヴァラサナ」とは<本来は「彼らは(あるいは、人々は)尊敬し合う」という意味の動詞。そこから「遠く離れていても気持ちはいつも通じ合っている」という意味合い(略)>の言葉で、聞いたことがないのも無理はない。

なにしろ「ヴェヴァラサナ」はナミビアボツワナで使われている言葉ヘレロ語の単語で、ヘレロ語を話す人は20万人ほどに限られるのだ(吉岡乾『なくなりそうな世界のことば』創元社 2017年 p.34-35より)。

 

インターネット、なかでもSNSのおかげで友人知人家族の状況というのは離れていてもよくわかるようになった。

昔はわざわざ手紙や電話でやりとりをするか、実際に会う約束をして会話するかしかコミュニケーションの手段はなかったのだが、SNSで遠方の友人の日々の生活の情報がアップされているのを眺めていると、しょっちゅう会っているような錯覚すら覚える。

ありふれた町の片隅にいながらでも遠く離れた外国の友人とすら心を通わせることができるなんて、本当にすごいことだと思う。

 

<僕は自分のことをグローバルな人間だと思っている。グローバルな活動のなかにいる自分が見える。ジェット機に乗り、機械に向かって話し、小さく幾何学的な食事をとって、電話で投票する僕。そんな自分を想像してみるのが好きだ。あちこちの地下室やファッションプラザや学校や街角やカフェに、僕のような人々がいることだろう。同じように考え、静かな時間のなか、風に吹かれて立ちながら、愛と連帯のメッセージを互いに送っているはずだ。>(ダグラス・クープランド『シャンプー☆プラネット』角川書店 平成7年 p.58)

 

小説『ジェネレーションX』の作者ダグラス・クープランドがそんなことを書いたのは今から四半世紀近く前のことで、そのころにはまだfacebookもこの世に存在しなかったけれど、世界各地のカフェや街角や地下室から互いに愛と連帯の電子メッセージを送り合う若者、という美しいイメージは今もぼくの心をとらえて離さない。
実際に電子ネットワークに送りだされるのは嫉妬や憎悪や偏見のメッセージが少なくないのだとしても。

つい先日もSNSが遠くの友人が新しい事業に着手したことを教えてくれた。

世界中の人たちがよりよく暮らせるような事業をするために、プロフェッショナルを集めて会社を設立したという。

考えてみればもう何年も友人とは直接会っていないのだが、遠く離れていても常に尊敬し、刺激を受け続けている。

これが「ヴェヴァラサナ」という感情の動きなのであろう。


Kさん、会社設立おめでとうございます。事業の成功とご活躍をめちゃくちゃ強く祈っています。

恥ずかしながら、診察室から愛と連帯のメッセージを送ります。

愛と連帯のメッセージがもし届いたら、お礼に明太子を送ってください。ではまた。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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コトーを読みながら3‐離島の医療を継続させる工夫とは(後編)


山田貴敏著『Dr.コトー診療所』を読みながら、昔訪れた沖縄の離島の診療所のことを思い出している。そこで垣間見た、地域医療を継続するための工夫あれこれとはー

 

www.hirokatz.jp

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4.医者の精神的負担を軽減するワンクッションコール制

「島で一人のお医者さんですから、24時間365日休みなく拘束されてるわけですよね。いつどこから緊急の電話が来るかわからないって、疲れませんか」

島で一人のお医者さんN先生に聞いてみた。

「んーでもね、島の住民からの救急の問い合わせの電話はいったん役場の人がとって、その役場の人がぼくに電話をくれるんですよ。これこれこういう患者さんが出てるけどって。夜中でもね。だから、少なくとも『誰からの電話かわからない』っていうストレスはないかな」

島の住民数百人から夜も昼も直接電話がかかってきたら相当ストレスだと思うが、このワンクッションコール制があれば落ち着いて対応できる。役場に担当者を交代で置く手間はかかるが、島で働く医者の人情に即したすぐれたシステムだと思う。
ただし上記の話は2010年ころぼくが訪れた島での話であり、たとえば竹富島では役場に一度電話するワンクッションコール制は平成27年に「119番」へのコールに切り替わったそうだ。

火事・救急・救助・ワンクッションコールは、119番へ - 竹富町

5.孤独を癒す離島間イントラネット

これまたぼくが2010年ころに見た島の話で、今はどうなっているかわからない。詳しいかた教えてください。

離島に医師を派遣している県立病院で若手の指導をしている先生から聞いた話。

「県立病院で医師を派遣しているあちこちの離島の診療所の間に、離島医師が情報共有できるイントラネットを作ったんですよ。つくったときは、お互いにわからない症例をディスカッションするために使われるかと思ったんだけど、実際運営してみると、ひとりぼっちで離島の医療を担う責任とか孤独とかうれしかったこととか、そんなことをお互い語りあってがんばってるみたいですね」

とのことであった。
その先生はほかにおっしゃっていたことで印象に残っているのは、「ドクターヘリとか華々しく報道されるけど、台風や夜間などは飛行に制限があるし、墜落事故だって少なくなくて、決して万能じゃない。アメリカには『ドクターヘリは健康に悪い』って論文だってあるくらい」。『ドクターヘリは健康に悪い』って論文は、探せば家のどこかにとってあるはずだ。

6.気負いすぎないしなやかさ
総合医って、お産とかも診るんですか?」

島で一番高い丘に連れていってもらったときに、N先生に聞いた。

「お産のときは基本的に、本島に前もって行ってあっちで入院しますね。

総合医がどこまで診るべきか、お産までやるべきかっていろんな意見があるけど、ぼくは総合医がどこまで診るべきかは医者が決めるべきじゃない、患者さんが望めばそれに応じるって形で、総合医がどこまで診るかは患者さんが決めることだと思いますよ」

おだやかな目を水平線にやりながら、N先生が言った。
こうあるべき、という頑なさは時に息苦しい。地域医療がどうあるかは、医者が決めるのではなく住民が決める、というN先生のしなやかさは今も記憶に新しい。


ちょうど2010年ころというのは、総合診療医学会と日本プライマリ・ケア学会と日本家庭医療学会が連合学会を作る前後だった。それぞれの学会で少しずつスタンス・考え方が違ったようだが、そこらへんもまた詳しいかた教えてください。

 

つらつらと覚えていることを書き連ねた。
漫画やドラマだと熱意をもったひとりの医者が片道切符で離島や過疎の村の地域医療を支える、というストーリーが多いけれど、実際には熱意だけでは長続きしない。
だから、地域医療を支える医者を支える役場や行政の仕組みづくりもとても大事だ。そこらへんは地味だからあまりドラマにならないんですけども。
地域医療を支えるすべての人に敬意を捧げつつ、それではまた。

 

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